名古屋線四日市付近旧線
近鉄名古屋線の全身である伊勢電気鉄道(現在の伊勢電とは異なる)は、名古屋進出を目指し海山道―四日市間を大正11(1922)年3月に、四日市―桑名間を昭和4(1929)年1月に開通させました。当時同線は省線(現在のJR)と乗り入れるため、四日市駅を共同使用していました。そのため、同線は四日市市内を迂回し、急カーブが連続していました。その後伊勢電鉄は近鉄に合併され、しばらくはこの姿のままでした。しかし、昭和22(1947)年10月には名阪特急の運転が開始され、この区間がスピードアップのネックとなりました。そのため、同区間の短絡化と広軌化(当時は狭軌だった)が昭和20年代から開始されました。まず昭和27(1952)年10月31日に、海山道―鹿化川分岐(工事用信号所)の短絡化が終了しました。そして31(1956)年9月23日、鹿化川分岐―川原町間が短絡化し、海山道―川原町間の短絡化と一部の複線化が実現し、旧線は廃止されました。

名古屋線四日市市内旧線見取り図

海山道駅北方に残る旧線の路盤です。ここからは単線でした。

旧線は現名古屋線の西側にそれ、写真正面の橋梁の手前でJR関西本線をオーバークロスしていました。その痕跡はまったくありません。

旧線は関西本線を越えた後、一旦現在線と築堤上で合流します。写真はその付近に残る橋台です。

現在線の東側から南方の合流地点を望んだ写真です。旧線は合流した後、再び東側に分岐します。これが鹿化川分岐です。

上の写真近くに残る橋台です。

JR四日市駅の南方に残る、伊勢電時代の橋梁です。現在もそのまま市道として利用されています。
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