志摩線旧線

  志摩線には主に穴川付近、白木ー五知間、賢島ー旧真珠港間(現在は賢島が終点)に廃線跡が存在します。志摩線はもともと1929(昭和4)年7月、志摩電気鉄道によって鳥羽ー真珠港間が開通しました。当時は軌間1067mm、電圧750Vで運転されていました。志摩電気鉄道志摩線は、1944(昭和19)年に三重交通志摩線となり、1965(昭和40)年には近鉄に合併されました。その後、鳥羽線の建設に伴い、志摩線は標準軌化(1435mm)、8箇所の線形改良、電圧昇圧(1500V化)がなされ、1970(昭和45)年3月には大阪ー志摩間の直通運転が実現しました。しかし、単線であったためスピードアップ、輸送力増強に限界があったため、1986(昭和61)に複線化されました。その時に生じた旧線が、穴川付近、白木ー五知間の廃線跡です。また、貨物専用線だった賢島ー旧真珠港間は、1969年(昭和44)年7月に廃止されました。



志摩線旧線見取り図

穴川駅付近旧線



穴川付近の旧線は、駅の北側で現在線分技し、短い穴川トンネルを抜けたところで
合流しています。写真は現穴川駅の東南、国道167号線の東側にある旧志摩線の
橋梁です。線路と枕木、架線以外はそのまま残っています。



上の地点のすぐ近くに、踏み切りの跡がありました。この柵だけが踏み切りの名残です。



旧穴川駅の上り線鳥羽側の安全側線跡です。制限45km/hの標識が残っています。



駅構内のポイントです。ポイント制御機は撤去されています。



下り線の制限解除の標識です。手書きであることがわかります。



旧穴川駅のホームです。島式で幅が狭いです。単線時代は特急列車の行き違いも行
われていたので構内の複線区間はホームの割りに長いです。



駅名板です。廃止後20年が経っていますが、現在もさび付いて残っています。



伊勢市内にある病院の看板です。現在も存在する病院です。



下り線賢島方からホームを望んだ写真です。草木が生い茂っています。



志摩線車内からの分岐点付近の写真です。架線柱がしっかりと残っています。


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